竹鼻線の歴史

竹鼻線は主に竹鼻鉄道(株)が開業した路線を踏襲しています。ここでは、現在の竹鼻線になるまでを年表にして紹介します。

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1919年(大正8) 小宮山儀太郎(竹鼻商工会)を初めとする竹ケ鼻町有志ら24人が免許申請。
1919年(大正8)6月24日 『笠松町から駒塚村狐穴に至る軽便鉄道』の敷設免許が下りる
1919年(大正8)11月14日 竹鼻町光照寺にて創立総会。「竹鼻鉄道株式会社」設立(本社:駒塚村狐穴新道)
資本金:50万円 社長:小宮山儀太郎 専務:坂倉又吉
取締役:渡辺兼右衛門、横井磯一、岡田明徳、渡辺秀三、青木知四朗
1919年(大正8)12月 線路敷設工事開始。実質的親会社・美濃電気軌道株式会社の技術者も応援する。
1921年(大正10)6月21日 同年4月開業予定も長雨で遅れ、この日全線開通。
1921年(大正10)6月22日
23日
試乗会が行われる。
1921年(大正10)6月25日 新笠松(現:西笠松)〜竹鼻間、7.7キロが開業。設置駅は新笠松(現・西笠松)、東須賀、東柳津、西柳津(現・柳津)、門間、南宿、須賀、不破一色、曲利、竹鼻の計10駅。
車両は四輪電動客車(デ1型)4両・貨車2両。電力は美濃電の直流600Vを受電。
1921年(大正10)9月1日 笠松〜笠松口間、0.6キロが開業。竹鉄/新笠松を笠松に、美濃電笠松線/笠松を笠松口に改称。笠松口で竹鉄・美濃電の接続を開始。
1922年(大正11)5月22日 『竹ケ鼻村から桑原村へ至る鉄道』の免許申請。
1923年(大正12) 竹鉄、資本金を100万円に増資。
1923年(大正12)2月25日 『竹ケ鼻村から桑原村へ至る鉄道』の敷設免許が下りる。
1928年(昭和3) 竹ケ鼻村〜桑原村間の工事に着手
1929年(昭和4)2月19日 竹鼻を栄町に駅名改称
1929年(昭和4)4月1日 栄町〜大須間、8.4キロが開業。設置駅は本覚寺前、竹鼻、江吉良、牧野、長間、中区、沖、市之枝、美濃石田、正専寺前、八神、桑原、大須の計13駅。
これにより、笠松・大須間は16.1キロ、23駅となる。
同時に電動客車4両を新造し、栄町に400kWの変電所を新設する。
1930年(昭和5)8月20日 美濃電が名古屋鉄道株式会社(初代)に吸収合併
1930年(昭和5)9月5日 名古屋鉄道株式会社(初代)が名岐鉄道株式会社に改称
1932年(昭和7)11月17日 竹鉄のバス、笠松〜墨俣間が開通
1935年(昭和10)4月29日 名岐鉄道笠松線に新笠松(現・笠松)が開業。新笠松・新一宮間に名岐鉄道名岐線開業。
1935年(昭和10)8月1日 名岐鉄道株式会社が名古屋鉄道株式会社(2代目)に改称
1936年(昭和11)5月 笠松を西笠松に、新笠松を笠松に駅名改称。両駅、現在の駅名となる。
竹鉄と名岐線の連絡を笠松で行うようになる。このあたりで、現在の【竹鼻線】の形が完成。
1940年(昭和15) 西笠松、竹鼻、西竹鼻、大須で貨物取扱を廃止
1942年(昭和17)6月1日 笠松口廃止
1943年(昭和18)3月1日 戦時統合で竹鼻鉄道株式会社、名鉄に吸収合併。記念誌「竹鉄乃なごり」発刊。
路線名を「竹鼻鉄道線」から「竹鼻線」とし、車両8両を継承。
1944年(昭和19) 一部駅が営業休止。東須賀、東柳津、門間、曲利、本覚寺前、江吉良、長間、沖、美濃石田、正専寺前、桑原の計11駅。
1947年(昭和22) 長間駅が営業再開
1948年(昭和23)5月12日 竹鼻線乗り入れ先である名岐線の架線電圧が600Vから1500Vに昇圧。
1948年(昭和23)5月16日 名岐線の路線名を「名古屋本線」に改称し、ダイヤ改正により岐阜〜豊橋間直通運転開始。
1951年(昭和26)1月1日 栄町を竹鼻に、竹鼻を西竹鼻に駅名改称
竹鼻線を担当する栄町乗務区を竹鼻乗務区に改称
1953年(昭和28)2月1日 西柳津を柳津に駅名改称
1957年(昭和32)11月20日 市之枝変電所新設(セレン整流器200kW×1)
1958年(昭和33)9月7日 牧野駅行き違い設備完成と、列車スピードアップに伴うダイヤ改正を実施。
1959年(昭和34)4月1日 西竹鼻を羽島に駅名改称
1960年(昭和35)2月16日 須ケ口乗務区・鳴海乗務区を統合し、名古屋運転区・名古屋車掌区新設
1960年(昭和35)10月2日 名鉄休日ダイヤ新設
1961年(昭和36)4月10日 ダイヤ改正実施。新岐阜・大須間で1日7往復の直通運転を開始(3600系複電圧車両を運用)
1961年(昭和36)6月2日 名古屋本線茶所変電所新設に伴い、笠松変電所は竹鼻線専用に。
1961年(昭和36)6月26日 梅雨前線豪雨により一部線区が不通に。市之枝〜大須間は同年7月3日に運転再開。
1962年(昭和37)6月10日 架線電圧を600Vから1500Vに昇圧
竹鼻変電所建設(水冷式水銀整流器1500kW×1)、市之枝変電所廃止、笠松変電所を笠松き電室に変更。
1962年(昭和37)6月25日 ダイヤ改正実施
竹鼻線全列車が新岐阜へ直通。加納通過列車には「特急」の標板を掲示。線内最高速度を60キロから85キロに変更。
1962年(昭和37)6月25日 市之枝無人化
1964年(昭和39)2月16日 竹鼻乗務区が津島乗務区がとともに名古屋運転区・名古屋車掌区へ統合。
1964年(昭和39)5月8日 【羽島線】羽島新線(羽島信号所・新羽島間)の敷設免許取得
1965年(昭和40)12月15日 ダイヤ改正実施。一部時間帯において4両編成での運転を開始。
1966年(昭和41)12月25日 ダイヤ改正実施。急行を新設。
1969年(昭和44)4月5日 休止駅のほぼ全てを廃止。対象は東須賀、東柳津、門間、曲利、本覚寺前、沖、美濃石田、正専寺前、桑原の計9駅。
1971年(昭和46)9月30日 笠松・羽島間で単線自動閉塞式使用開始
1971年(昭和46)12月27日 7300系運用開始
1972年(昭和47)3月19日 笠松・羽島間にCTC導入
1972年(昭和47)3月24日 南宿無人化
1975年(昭和50)12月 【羽島線】羽島新線の工事に着工
1982年(昭和57)12月11日 【羽島線】江吉良〜新羽島間、1.3キロが開業(工費約35億円)
休止中の江吉良が営業再開。羽島を羽島市役所前に改称。急行の運行を開始
1984年(昭和59)4月18日 笠松の新駅舎完成
1985年(昭和60)2月16日 大須無人化
1987年(昭和62)5月 笠松に自動改札機導入
1990年(平成2)10月1日 笠松の東口駅舎完成
1991年(平成3)6月23日 開業70周年記念列車が8800系「パノラマDX」で運行。竹鼻線史上唯一の特急車両入線
1995年(平成7)4月5日 ダイヤ改正で笠松・新羽島間15分間隔運転に
1998年(平成10)6月1日 西笠松無人化
2001年(平成13)9月30日 江吉良〜大須間の営業最終日。
5509Fを使用した名称列車「お千代保稲荷号」を1往復運転(右写真:南宿駅)、羽島市役所前〜大須間を運転する列車に「さよなら系統板」を掲出。
2001年(平成13)10月1日 【竹鼻線】江吉良〜大須間、6.7キロが廃止 「羽島市代替バス」が運行開始
同時のダイヤ改正で急行の運行が終了
2004年(平成16)3月15日 笠松が「トランパス」対応に
2005年(平成17)8月1日 羽島市役所前・江吉良間が高架化。朝時間帯の一部列車で時刻変更
2007年(平成19)11月12日 羽島市役所前、自動券売機・自動改札機(線内単独駅では初)を導入
2007年(平成19)11月20日 竹鼻、新羽島、駅集中管理システム導入に伴い無人化
2007年(平成19)11月27日 江吉良、駅集中管理システム導入
2007年(平成19)12月4日 西笠松、須賀、不破一色、駅集中管理システム導入
2007年(平成19)12月14日 南宿、駅集中管理システム導入
西笠松・南宿〜新羽島各駅が「トランパス」対応に
2008年(平成20)6月29日 柳津が駅移転と同時に駅集中管理システムを導入し無人化。柳津が「トランパス」対応に
2011年(平成23)2月11日 ICカード乗車券「manaca」サービス開始 笠松・羽島市役所前を除く8駅でチャージ機を導入
2011年(平成23)3月26日 ダイヤ改正実施
長らく続いた「岐阜直通運行」を、早朝・深夜・平日夕時間帯を除き全面的に取りやめ。
土・休日ダイヤにおける夕以降の「羽島市役所前ゆき」を「新羽島ゆき」とし、完全な『竹・羽 一体型運行』に。同時に、笠松駅が名古屋本線快速特急停車駅となる。

〔参考文献〕
名古屋鉄道百年史(名古屋鉄道株式会社広報宣伝部編 1994年)
西美濃わが街(2001年6月289号)
                       ほか

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